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研究概要


I.シナプスを介した情報のやりとりの重要さ

ヒトの行動は脳の働きによって規定されます。脳は多数の神経細胞が相互に情報をやりとりすることによってその機能を発揮します。神経細胞間での情報のやりとりを行う主要な構造はシナプスと呼ばれ、シナプスの性質が長期間安定に維持されることによってヒトの行動やこころの働きは安定した再現性のあるものとなります。一方でシナプスの性質が外界の刺激によって変化することで、ヒトの個性や経験による行動変化が引き起こされると考えられます。シナプスは従って「長期間安定に存在する」構造であると同時に、脳の機能変化の基盤として「急速に変化しうる」性質を併せ持っている必要があります。このシナプスのユニークな特性がどのような分子レベルでの機構によって成立しているのか、また分子レベルで規定されるシナプスの性質によって神経回路のどのような情報処理能力が付加されているのかを知ることが当研究室の主要なテーマです。

II. シナプスを研究するには

シナプスの構造と機能を解析するには、イメージングという研究手法が重要です。イメージング以外にも、シナプス研究においては脳からシナプス構造を単離してその生化学的性質を調べる手法や、神経細胞に由来する電気信号を検出する電気生理学的手法が広く利用されています。このような手法によってこれまでに数多くの重要なシナプスの性質が明らかにされてきましたが、生化学・電気生理学のどちらの手法の場合にも「単一のシナプス」に由来する構造や分子の情報を得ることは出来ませんでした。これに対してイメージングによるシナプス研究では、生きている神経細胞の持つ多数のシナプスに由来する情報を、単一シナプスレベルの解像度で経時的に解析することが可能です。我々がイメージングを用いたシナプス解析に重点を置くのはこのような理由からです。

III. イメージングによって明らかになったシナプスの性質

それでは1個1個のシナプスに存在する分子の局在と動態が可視化できるようになったことで、シナプスのどのような「新しい性質」がわかってきたのでしょうか。以下にイメージングによって明らかになってきたシナプスの性質のいくつかを紹介します。

III-1.発達過程においてシナプスは形成と除去を急速に繰り返す

シナプスは一旦形成されれば非常に安定に存在する構造であると従来考えられてきました。たしかに培養した海馬神経細胞でシナプス密度を測定すると、培養後3週間の間でシナプス密度は徐々に増加していきます。しかしシナプス分子にGFPのラベルを付加して、シナプスの動態をイメージングすると、毎日1-2割のシナプスが形成される一方で、同時にほぼ同じ数のシナプスが除去されていることがわかりました。このバランスはわずかに形成が多くなるように調節されており、結果として全体ではシナプス密度がゆっくりと増えていきます。またシナプス形成の際には、シナプス前部での伝達物質放出を担う分子、シナプス後部での受容体集積を制御する分子が局所に集まってきます。これらの分子集積を可視化する実験を行ったところ、シナプス形成は30分から数時間という短時間で一気に起きる現象であることも明らかになりました。シナプスの形成過程を巨視的に観察した場合にはシナプス密度の増加が数週間の間にゆっくり進行するので、単一シナプスの形成と成熟も同じようなゆっくりとしたプロセスであるとこれまで考えられてきましたが、実際にはシナプスは神経回路の発達過程では作られては壊されていく構造であることが明らかになりました。

(図1説明)
蛍光蛋白質(GFP)とPSD-95の融合蛋白質を発現した培養海馬神経細胞。細胞内のPSD-95-GFPの分布を緑色で、細胞形態を蛍光色素のDiI(赤)で示す。b, c, dはaの白四角内の拡大像。矢印はPSD-95の集積するスパイン構造を示す。

(参考文献)
Okabe, S., Kim, H., Miwa, A., Kuriu, T., and H. Okado. Continual remodeling of postsynaptic density and its regulation by synaptic activity. Nature Neuroscience, 2, 804-811, 1999.

Okabe, S., Miwa, A., and H. Okado. Spine formation and correlated assembly of presynaptic and postsynaptic molecules. Journal of Neuroscience, 21, 6105-6114, 2001.

Ebihara, T., Kawabata, I., Usui, S., Sobue, K., and S. Okabe. Synchronized formation and remodeling of postsynaptic densities: long-term visualization of hippocampal neurons expressing postsynaptic density proteins tagged with GFP. Journal of Neuroscience, 23, 2170-2181, 2003.

III-2. シナプス分子は密に詰まっているがその動態は大きい

シナプス構造とシナプス分子の動態を統一的に理解するには、分子の集合体であるシナプス後肥厚部(postsynaptic density:PSD)やシナプス前部における分子集積について、より定量的なモデルを提案する必要があります。このようなモデルを作成する際にまず必要となる情報は、シナプスに局在する分子の絶対数です。この目的の為にGFP分子一個の蛍光強度を測定し、シナプスにGFPを付加したシナプス分子が何個存在するのかを推定しました。さらにこの情報を元にして内在性のシナプス分子の絶対数を求める技術を開発しました。この手法を利用してPSD-95を初めとする複数のシナプス後部蛋白質が絶対数として100-500個程度単一シナプスに局在することがわかりました。この分子数から計算するとPSD-95などの分子はシナプス後部において混みあっており、グルタミン酸受容体との相互作用も容易に起こることが明らかになりました。一方で蛍光消退法(fluorescence recovery after photobleaching; FRAP)と呼ばれる手法でシナプス分子の交換速度を測定すると数分から数十分でほとんどの分子が置換していることがわかりました。シナプス後部の分子は密集して多くの相互作用部位を持つが、分子交換を持続する構造であるためにPSD全体のサイズや形を柔軟に変化させることができる、と言うことが出来ます。

(図2説明)
GFP融合PSD蛋白質の絶対数の推定。GFP1分子でその蛍光強度をcalibrateした蛍光ビーズ(矢印)に対して、PSD-95-GFPを集積する単一シナプス(矢頭)の蛍光強度の相対値を求めることで、単一シナプスに存在するPSD-95-GFP分子の絶対数を推定することが出来る。シナプス前部(赤)と樹状突起(青)も免疫染色によって同定している。

(参考文献)
Sugiyama, Y., Kawabata, I., Sobue, K., and S. Okabe Determination of absolute protein numbers in single synapses by a GFP-based calibration technique. Nature Methods 2, 677-684, 2005.

Okabe, S., Urushido, T., Konno, D., Okado, H., and K. Sobue. Rapid redistribution of the postsynaptic density protein PSD-Zip45 (Homer 1c) and its differential regulation by NMDA receptors and calcium channels. Journal of Neuroscience, 21,9561-9571, 2001.

Kuriu, T., Inoue, A., Bito, H., Sobue, K., and S. Okabe Differential control of postsynaptic density scaffolds via actin-dependent and independent mechanisms. Journal of Neuroscience 26, 7693-7706, 2006.

III-3. シナプス形成にはグリア細胞の補助が必要である

シナプス可視化手法は、シナプス内部だけでなく外部環境の相互作用を調べる目的にも使えます。海馬のスライス培養で神経細胞とアストログリアに別々の蛍光標識を導入し、発達過程の海馬におけるアストログリアの突起と樹状突起上のスパイン構造の接触過程を観察すると、アストログリアが接触することでスパインはより安定化し、その形態も成熟することがわかりました。1個のアストログリア細胞は数千個以上のシナプスと接触するため、そのシナプスに対する制御能はきわめて複雑かつ広範です。

(図3説明)
アストログリアと樹状突起スパインの接触。Aに示すように海馬の錐体細胞に色素(赤)を導入し、アストログリア細胞にGFP(緑)を発現させて、両者が接触する部位を同定している。Bは二光子顕微鏡による光学的断層面を示す。矢印はスパイン(赤)とアストログリアの突起(緑)の接触部位を示す。Cはsurface renderingによって二光子画像から再構築した樹状突起(赤)およびアストログリア(緑)の立体構造。矢印は両者の接する部位を示す。

(参考文献)
Nishida, H. and S. Okabe Direct astrocytic contacts regulate local maturation of dendritic spines. Journal of Neuroscience 27, 331-340, 2007.

III-4. シナプス形成の過程は多様である

イメージングによるシナプス研究の多くは海馬と大脳皮質の興奮性シナプスを用いて行われてきましたが、それ以外のシナプスには全く新しいシナプス形成の分子機構が存在する可能性があります。一つの例は介在神経細胞(抑制性の神経細胞でGABAを神経伝達物質として放出する)の興奮性シナプスです。ライブイメージングにより生後の発達早期にこの細胞の興奮性シナプスが樹状突起に形成される長いフィロポディアに沿って移動していくことがわかりました。この現象は分子モーターであるダイニンが駆動する微小管をレールとする運動で、全く新しいシナプス位置の調節機構だと考えられます。
また小脳のプルキンエ細胞と顆粒細胞の軸索(平行線維)との間に形成されるシナプスでは、平行線維がプルキンエ細胞のスパインと接触した場所から、cbln1分子依存的に微小な突起が形成され、この突起がスパインを包囲する構造を形成してシナプスを成熟させることがわかりました。軸索自身の放出するシナプス誘導因子が軸索の構造変化も誘導する興味深い例と言うことができます。
海馬や大脳皮質の錐体細胞のスパインシナプスに関しても、これまでには知られていなかった新しいシナプス制御メカニズムが解明されつつあります。微小管結合蛋白質であるDCLK1は、非常に強い微小管の重合促進作用と安定化作用を持ち、発達早期には樹状突起の先端に集積します。このために樹状突起先端では微小管依存的な突起伸長の促進が起こるのですが、一方でDCLK1はスパインシナプスの形成を阻害することがわかりました。すなわちDCLK1は樹状突起の成長促進とシナプス成熟の抑制、という二つの機能を樹状突起先端で発揮して両者のバランスを制御する重要な役割を果たします。
小脳のプルキンエ細胞と平行線維の間で働くcbln1分子はシナプス形成を正に制御しますが、シナプス前部から放出されてシナプス形成を負に制御する分子も存在する可能性があります。培養海馬神経細胞においてこのような役割を持つ分子をスクリーニングした結果、軸索から放出されるBMP4分子が軸索膜上のBMP受容体に作用してシナプス除去を促進することを見出しました。神経回路発達過程でBMP4は余分なシナプスの形成を抑制してシナプス密度を適正な範囲に維持する役割を果たしていると考えられます。

(図4説明)
小脳の発達過程における平行線維(GFP発現、緑)とプルキンエ細胞(calbindin染色、赤)の間に形成されるシナプス構造の変化。生後18日頃に特異的に、平行線維から微小な突起が形成されてプルキンエ細胞と接触する。

(図5説明)
DCLK蛋白質は樹状突起の先端に濃縮し、この部分での突起伸長を促進する。一方でDCLKにより樹状突起先端は軸索とシナプスを形成することから逃れ、動的な状態を維持する。緑:DCLK蛋白質、マジェンタ:樹状突起マーカーのMAP2の分布をそれぞれ示す。

(参考文献)
Kawabata, I., Kashiwagi, Y., Obashi, K., Ohkura, M., Nakai, J., Wynshaw-Boris, A., Yanagawa, Y., and S. Okabe LIS1-dependent retrograde translocation of excitatory synapses in developing interneuron dendrites. Nature Communications 3, 722, 2012.

Ito-Ishida, A., Miyazaki, T., Miura, E., Matsuda, K., Watanabe, M., Yuzaki, M and S. Okabe Presynaptically released Cbln1 induces dynamic axonal structural changes by interacting with GluD2 during cerebellar synapse formation. Neuron 76, 549-564, 2012.

Shin, E., Kashiwagi, Y., Kuriu, T., Iwasaki, H., Tanaka, T., Koizumi, H., Gleeson, J. G. and S. Okabe Doublecortin-like kinase enhances dendritic remodeling and negatively regulates synapse maturation. Nature Communications 4, 1440, 2013.

Higashi T, Tanaka S, Iida T, and S. Okabe Synapse elimination triggered by BMP4 exocytosis and presynaptic BMP receptor activation. Cell Reports 22, 919-929, 2018.

IV. シナプスイメージングの疾患研究への応用

個体レベルでの二光子顕微鏡によるシナプスイメージングが発展してきたことにより、精神神経疾患のモデル動物でのシナプス障害の解析が可能になりつつあります。精神神経疾患の中でも自閉スペクトラム症は社会性の障害や興味が強く限定されるなどの症状が生後早期から現れる疾患であり、かつ疾患遺伝子の解析からシナプスに局在する分子との関連性が疑われています。自閉スペクトラム症のモデル動物として確立されたものは既に多く存在していますが、これらの動物モデルに共通にシナプスの変化が見られるかどうかはこれまで確かめられていませんでした。我々は3種類の遺伝学的背景の異なる自閉症モデルマウスを対象として二光子顕微鏡によるシナプスイメージングを個体レベルで行い、これらのモデルマウスに共通に見られる変化として、シナプスが過剰に形成され、それが壊されていくことを発見しました。このような変化が自閉症モデル動物に共通の神経回路の変化として確立すれば、疾患の病態生理を理解する上で大きな進歩となります。

(図6説明)
自閉症モデルマウスで起こっている神経回路の変化。色々な遺伝的因子によりシナプスの形成と除去が過剰となり、それに伴って神経回路のつながりのミスが増加し、回路機能が低下する。

(参考文献)
Isshiki, M., Tanaka, S., Kuriu, T., Tabuchi, K., Takumi, T. and S. Okabe Enhanced synapse remodelling as a common phenotype in mouse models of autism. Nature Communications 5, 4742, 2014.

V. 新しいシナプスイメージング技術

シナプス、スパインはそのサイズがサブミクロンであり、光学顕微鏡の解像度では内部構造の詳細を捉えることは不可能とされてきました。最近、従来の光学顕微鏡の解像度の限界を超える能力を持つ顕微鏡が設計・実用化されるようになり、シナプス内部の構造や分子動態を捉えることが可能になりつつあります。例えば超解像顕微鏡の一種である構造化照明法(structured illumination microscopy: SIM)を活用することで、スパインのナノ形態を検出することが出来る様になりました。成熟したスパイン頭部にはシナプス前部と接着する部位に凹面が形成され、この面の拡大がシナプス可塑性に伴うスパインの安定化に関与していることが示されました。また蛍光相関を測定する手法を用いることで、スパイン内部で分子拡散を抑制する構造の性質を推定する技術を開発しました。この技術を用いることでスパイン内部では分子量が100 kDaを超える大きな分子の拡散抑制が存在しており、この抑制はアクチン線維に依存すること、また可塑性誘導に伴ってこの拡散抑制が5分間程度の非常に短い時間窓で解除されることがわかりました。このような非常に短い可塑性の時間窓の存在はこれまで知られておらず、スパイン可塑性を制御する重要な機構だと考えられます。

(図7説明)
蛍光相関測定によるスパイン内部の分子動態の推定。スパイン形態の可塑性誘導に伴い、大きな分子のみその拡散抑制が解除される。スパイン内部のシグナル分子の多くは分子量が100 kDa以上であり、これらの分子の結合や移動が短時間だけ促進されると予想される。

(参考文献)
Kashiwagi, Y., Higashi, T., Obashi, K., Sato, Y., Komiyama, N., Grant, S. G. N. and S. Okabe Computational geometry analysis of dendritic spines by structured illumination microscopy. Nature Communications 10, 1285, 2019.

Obashi, K., Matsuda, A., Inoue, Y., and S. Okabe Precise temporal regulation of molecular diffusion within dendritic spines by actin polymers during structural plasticity. Cell Reports 27, 1503-1515, 2019.

VI. 将来展望

これまでのシナプスイメージングによってシナプスの形成と維持に関わる分子とこれらの分子によるシナプスの機能制御、さらに個体レベルでのシナプス形成・除去のダイナミクスとその脳病態における障害について多くのことが明らかになりました。一方でシナプスの形態と機能の間の複雑な関連性を脳神経回路の個体レベルでの役割と結びつけて解析することはまだ実現していません。今後のシナプスイメージング研究ではこのような観点からの実験を推進していく必要があります。
大脳皮質は高次認知機能を担う脳構造として哺乳類、特に霊長類で顕著に発達しています。大脳皮質の神経回路構築は哺乳類を通じて保存されており、円柱状の単位の中に興奮性と抑制性の神経細胞が配置されて皮質内に並列構造を形成しています。大脳皮質に存在する円柱状の単位構造と機能の関連が最も明確に示されているのは霊長類等の一次視覚野の眼優位性カラム、方位選択性カラムです。一方で大脳皮質の発生過程での興奮性細胞の垂線方向の移動パターンに一致してより小さなミニカラムと呼ばれる構造が形成されることも知られています。眼優位性カラムの様な機能と対応した大きなカラム構造とミニカラムの関係、ミニカラムを構成する興奮性細胞の投射パターン、ミニカラムでの興奮性・抑制性神経細胞の結合様式などはよくわかっていません。ミニカラムを大脳皮質の機能単位と想定することで、大脳皮質の回路の形成原理の一端が明らかになると期待されます。
培養細胞レベルでの実験でシナプス可塑性の誘導によりスパインの形態が特徴的な変化をすることは捉えられつつありますが、このようなスパイン微細形態の変化が個体レベルで記憶の形成や維持に伴って起こるのかは明らかではありません。活動依存的な遺伝子の発現を指標として用いることで、恐怖条件付けなどの学習パラダイムにおいて記憶の形成に関与する神経細胞(エングラム細胞)を同定・操作することが可能になりました。学習後にエングラムを構成する細胞の間に形成されるシナプスにおいて、スパインのナノ形態が培養細胞系で見られたのと同様の形態変化を起こすのか、またこの形態変化が記憶・学習に必要なのかを確認することは今後の重要な課題です。